私のちオレときどき僕

年収400万の家づくりノート、子育て、想うことなど。日々を綴ります。

退職届を提出したら色々あった話。

カタッカタカタ...カタ...

 「っしゃー...これで...最後っと...」

カッ...! ッターン!
サマーウォーズよろしくキーボードのエンターキーを思いっきり叩き込む。

 「ふぅぅぅ...」

深く息を吐く。
メガネを外し、オフィスチェアの背もたれに全体重を預ける。
そして、う〜〜〜〜〜ん、と伸び。
目に映るもの。
新しい天井。
新しい壁。
新しいオフィス。
慣れない業務で疲労はあるが、どこか心地良い。
僕は、すっかり生まれ変わった気分で毎日を過ごしていた。


 *


今から時をさかのぼること、およそ半年。
2014年12月。

某議員さんばりに号泣会見をして会社をやめる決意をした僕。
退職届の書き方はバッチリ(Google先生に教わった)。
OK、問題ない。
書簡をしたためた勢いそのままに、部長にズビシっと提出してやった。
部長ももはや何を言っても無駄と半ば諦めていたのか、

 「あ〜未定だが受注確度の高い重要な仕事があるからそれだけはちゃんと片付けろよ」

とあちらはあちらでバカげたことを言いながら(重要な仕事ならば辞める予定の人間にやらせるべきではない)しぶしぶ受理されたのだった。
しかし、あまり後先考えずに退職届を出してしまったため、次の仕事のアテが全く無い状態だった。
とりあえず退職までの2ヶ月弱の間に転職活動しなくちゃなーとネットで転職サイトを物色しはじめた。

そんな年の瀬も押し迫ったある日の夕刻。
一本の電話がかかってきた。

社長だ。

断っておくと僕は社長と特別親しい間柄ではない。
むしろほとんど喋ったこともない。
ただ、数年前に会社の新年会の幹事をしたことがあってその時に連絡先を交換したのだ。

ブイー...ン!ブイー...ン!

静かに鳴動しながら、うるさく自己の存在を主張するスマートフォン。

一瞬迷ったものの、まがりなりにもまだ雇われの身。
出ないわけにもいかない。

 「...はいxxxです」
 「xxx君?今日部長から話を聞いたんだけど。...やめるんだって?」
 「あ、ええ、はい。そうです」
 「ちょっと、話を聞かせてもらえないかね?」
 「...はい」

正直、ここまでは想定の範囲内だった。
おそらく、慰留されるだろう。
僕はとあるお客さんと縁あって仲が良くなり、定期的に仕事をもらえていた。
いわゆるお得意様である。
そのパイプが危うくなるとうちのような中小企業としてはそこそこの痛手になる。
可能ならば避けたいところだろう。

結局、電話をもらったその日の夜に会うことになった。
でもまぁ正直なところ、この時はどうでも良かった。
もはや自分には関係の無い、過去の世界の話だと思っていたからだ。

事務所のセキュリティゲートをくぐる。
社長は常に多忙で、実際に腰を据えて会うのは件の新年会の時以来だ。

 「やぁ、よく来たね。座って座って」

社長室へ招き入れる社長。
僕の記憶よりちょっと白髪が増えて、ちょっとだけ老けていた。

 「いやぁ、ホントに今日の今日、突然部長から聞いてねぇ、ビックリしたよ」

と苦笑まじりに語りかける社長。

 「はぁ。はい」

死ぬほど愛想の無い僕。
雇い主に対してとことん失礼な野郎である。

 「それで、部長からこんなものを受け取ってね」

ぱさり。
と封筒をひとつ、机に置く社長。
それは。
退職届だ。

でも。
これは。
僕の字じゃない。
これは。
部長の字だ。
つまり。
部長の退職届。

なんで?
という思いと。
ついにその時が来たか。
という思い。
半々だった。

 「xxx君がやめるのと同時に牛田君もやめたいと言って来ているそうだ。そして、外島君、丹羽君も不満があって近い将来転職を考えているという」


まぁ、周囲についてはおおよその話は聞いている。
僕の所属している部の主任クラス以上は大抵みんな不満をもっている。
そしてその理由が部長の人間性に起因することも。
アルハラ、無理難題に近いノルマ、圧迫面接、辞めようとする社員への強引な引き止め、等々。
それらが何か法に触れているか?と言われればおそらくそうでもない。
が、しかし。
だからと言ってそんな人間の下でずっと働きたいか?と問われれば大抵の場合答えはノーだろう。

 「もしこのままいくと在籍1〜2年の新人クラスを除いた全員がやめることになってしまう。このままでは部として成り立たないので...」
 「部長自身が責任をとって...引責辞任、ということですね」
 「うむ」

えーと。要するにアレか。

 「やめまーす」
 「じゃ僕も」
 「私も」
 「あ、じゃあオレも...」
 「「「どうぞどうぞ」」」

的な...ダチョウさんパティーンか。
しかし責任をとるにしてもいきなり辞職はないんじゃないか?
降格とか減給とか、他の部署へ転属とか、何かワンクッションあるだろう。
あれだけ責任があるだのなんだの豪語してた割に、最後の最後で全てを放り投げるとは。
ひどいものだ。
それとも、そういう反省のポーズをとってみせているだけか?

 「それで、そう。話を戻して。xxx君は結局、部長との折り合いが悪くて、やめるんだよな?」
 「まぁ...その...何と言いますか...」
 「大体のことは言わんでも分かる。私の目からみても彼のやり方には確かに色々と問題がある。彼の報告する社員評価が低いから皆の給料も低い」

そう思ってたんなら社長権限でもっと早く介入してくれよ、と思った。
勿論、口には出さなかったけれど。

 「そこで、だが。彼が全く別の部署へ異動して居なくなる、という話だったらどうだ?」
 「え?」
 「実は今、xxx地区の強化のために新しい事業部を設立する計画があってね」
 「は、はぁ」
 「部長にはその新しい事業部を任せる予定だ。環境を一新してもダメなら...」
 「なるほど」

最後のチャンス、というわけか。
それで起死回生、持ち直せば良いし、失敗したら元々の本人の希望通り退職してもらえば良い、と。
なかなか悪くない計画かもしれない。

 「そうすると、今の部には部長が不在となるわけだが...。xxx君、どう?」
 「どう、と言いますと」
 「や、だから。君が部長になるんだよ」
 「はっ!!!???」

もはや慰留どころではなかった。
僕の役職は係長だから、2階級特進レベルである。
死ねということですか。

 「なんなら部長じゃなくて、いっそのこと社長でも良いがなぁ。私もそろそろ引退したいし」

ガッハッハと笑う社長。
な、なんだよ、冗談か。
ホッとしている僕に

 「ともあれ、xxx君は部では一番のベテランだからな。可能ならばリーダとして皆をまとめていって欲しい。しかし、もしリーダが嫌だというなら無理にやらなくても良い。とにかく辞めずに残ってくれるなら環境は改善するから、一度考えてみて欲しい」

と笑いながら社長。
さすが社長だ。
ノールール。
いや、オレ is ルール。
もはや何でもアリだ。
しかし。

 「ちょっと...唐突すぎて考えがまとまらないので、持ち帰って良いですか?」
 「もちろん良いとも。また年明けにでも話をしよう」
 「はい」

社長との話を終えた夜。
僕は考えていた。
...このままおよそ部の半分がやめていったら、残された人達はどうなるのだろう。
残されるのはまだ入社して1年、2年の新人達ばかりだ。

...他の部で拾ってもらえるだろうか。
...もしくは管理職クラスが全員やめていくような会社には嫌気がさして、自分から転職活動するだろうか。
...いや、業務歴が浅いといきなり転職は厳しいか。
...あるいは部長についていって新しい部署へという選択肢もあるか。

...考えても、そんなことは分からなかった。


 *


部長の退職届をこの目で見てからというもの、何かもやもやとしたものを胸に抱えるようになった。

 「このまま、辞めてしまって良いものかなァ...」

問いかけても答えは無い。
誰も教えてくれない。
そりゃそうだ。
正解なんて世の中のどこにも無いのだから。

いくら考えても分からない。
だったら。
僕は、部のみんなに直接話を聞いてみることにした。
ここ最近は自分自身のことに精一杯で、他の人の話をじっくり聞いたことが無かった。
みんな、どんな心持ちで最近の業務にあたっているのか。
仕事は楽しいか、きついか、まぁまぁか。
給料は満足か、不満か、それなりか。
率直に、会社のことをどう思っているのか。
部長が辞めようとしていて、これからその部を皆で一致団結して立て直す必要があるが、どう思うか。

年末進行で忙しい中、急いでアポをとって走り回った。
実際に話してみると、みんな、驚くほど前向きだった。
部長の話をすると最初はさすがに驚きはするものの

 「立て直し、是非やりましょう」

と口々に言ってくれた。
そして人間的にも良いヤツばかりだった。
象徴的だったのは新人の有田君。
彼とは年末の最終出勤日に話をしたのだが、話が終わった後、自ら率先して大掃除をし始めた。
他人のデスクや来客用のテーブルも

 「一年の最後なので」

と額に汗を浮かべながら笑顔で掃除していた。
新人だと思っていたのに、いつの間にかちょっとだけたくましくなっている。
なんだか、自分が悩んでいることが一気に吹き飛んだ気がした。

歳を取れば取るだけ、転職は不利になる。
当たり前のことだ。
でも、僕は数年くらい回り道しても30代。
きっとまだなんとかなる。
そもそも今回の件は有田君のような新人達にしてみればある日突然天災が起こったようなものだ。
彼らのあずかり知らぬところで上層部がゴタゴタしたせいで、下手をすれば職を失いかねない状況に陥ってしまう。
単純に、それは嫌だ、なんとか避けたいと思った。
トップ不在という異例な事態から部を持ち直せるという確たる証拠は無かったけれど、メンバの皆がこんなに元気ならきっと行ける、と直感した。

年末年始。
直感だけでなく数字的な裏付けをとるため、部の売上と支出、利益のデータを自分の分かる範囲でまとめた。
僕の試算によれば、明らかに無駄と判断出来るコストをいくつかカットすれば部長が抜けて売上が下がっても問題無さそうだ。

いける。

直感が、確信へと変わった。


 *


2015年5月。

半年で色々と変わったことがあった。

辞めると言っていた人達。
社長と面談を行い、退職届は白紙になった。
一部の転職先が決まってしまっていた人を除いては全員残ることになった。

オフィス。
他のフロアへ引越して別の部署と同居させてもらうことにした。
多少手狭になったものの、今の人数ならこれで十分。
コストカットをしつつ他の部との連携を強化する。
社長の発案。ナイスアイディアだ。

部長。
新しい事業部の立ち上げに奔走することになった。
人が全く集まらずうちの部の皆にも「ついてこい」と声をかけて回っていたらしい。
しかし、誰もついていかなかった。
それが全てを物語っているような気がしてならない。
ちなみに、僕には声がかからなかったけれど、何故だろうか(棒)。

僕。
チーフ、という肩書きになった。
一般的に言うと課長クラスらしい。
ヨコモジ、ヨクワカラナイデース。

部。
今は部長不在のままで、予算や人事は一時的に社長が特別管理している。
余所から部長を引っ張ってこないところをみると僕を部長にしようという社長の発言は冗談ではなかったのかもしれない。

 「有田さん、すみません。ちょっとここ、分からないんですけど」
 「はい。今行きます」

木下君と有田君の声で回想モードから現実に戻る。
木下君はこの春に入社した新人君だ。
そう、去年までの新人である有田君はめでたく先輩になったのだ。
早速、木下君に業務の進め方を指導したりして張り切っている。

 「ここをこうすると...」
 「なるほど、そういうことですか」

僕の選択が正しかったのか、今はまだ分からない。
ただ、

 「うーん、ここはもうちょっと、修正しましょうか」
 「分かりました」

フレッシュな新人と、少し頼もしくなった元新人と。
2人の姿を見ていると正しいとか間違いとか関係なく、
この職場で仕事を続けていて良かったな、と純粋に思えた。

あとは、5年後10年後もこの選択をして良かったと言えるように。
後悔のないように。
ひたすらやるだけだ。

 

 (終)