「お前が言うな!」と思ったらイエローカード。アンチと信者は表裏一体。
先日、以下のエントリを投稿しました。
たくさんの方に読んでもらえて嬉しい反面、働き方に関わるような記事でいい加減なことは書けないなぁと気を引き締め直した次第です。
このジャンルの記事は皆さん関心が高いようでコメントもたくさん頂いたのですが、その中でひとつ気になるものがありました。
何を言われるかより誰に言われるかかもしれません。必死に頑張っている人に言われたい。
あぁー。
いわゆる「お前が言うな!」案件ですね。
私もついついそう思ってしまう時があります。
でも実はこの「お前が言うな!」は厄介で時に危険になりうる可能性を秘めています。今日はこの件について少しお話しますね。
「お前が言うな!」は何故危険か
誰が言ったかではなく何を言ったかを評価すべきだ。
昔から言われていることですが、この考え方が世の中に浸透しているようには見えません。個人的な感覚としては、最近では逆方向に進んでいるような気さえしています。
改めて、もう一度言います。
誰が発言主でも、発言内容の正当性とは関係ありません。
「論者」と「論」は切り離して考えるべきです。
6歳の小学生だろうが、
16歳の学生だろうが、
26歳のフリーターだろうが、
36歳のサラリーマンだろうが、
46歳の部長だろうが、
56歳の社長だろうが、
66歳の嘱託だろうが、
年齢・性別・信条・立場に関わらず、
正しいことは正しいし。
間違っていることは間違っている。
それが言論としてあるべき姿です。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、なんて考え方はイエローカードどころか一発レッド。
アウトです。
好きなミュージシャンを思い浮かべてみる
例えば、あなたの好きなミュージシャンを思い浮かべて下さい。好きなミュージシャンが居なければ、好きな漫画家や作家、映画監督...新作が出ればチェックしてしまうようなクリエイタであれば構いません。
さて。そんなあなたの好きなクリエイタが新作を出しました。しかしその出来がイマイチだったらどうでしょうか?いくらファンでも…いやファンだからこそ一言
「これはちょっとなぁ」
と言いたくなるのではないでしょうか?
さらに。ファンのひいき目に考えても、どう考えても明らかにイマイチなハズなのに周囲の人間がマンセーマンセーしてたら...違和感を覚えませんか?
「お前ら信者かよ」
って。
言論も同じことです。
発言主に対する評価と、その内容の評価は切り離して考えるべきです。
「お前が言うな」
と切り捨てることと、
「あの人の言うことだから正しいだろう」
と受け入れること。
アンチと信者は紙一重...ではなく表裏一体なのです。
まとめ
誰かに何かを言われて「お前が言うな!」と思ってしまった時。
そんな時は発言内容ではなく発言主を見て拒絶している可能性があります。
それは単なるアンチであり、健全な思想ではありません。逆もまたしかり。上司の言うことだから絶対だ、というのもダメですよね。
どんな時もフラットな目で世の中を見て、真摯に他人の意見を受け入れられるようになっていたいものです。
本日も最後に名言を紹介して終わりにしたいと思います。それではまた。
誰がそう言ったかを尋ねないで、言われていることは何か、それに心を用いなさい。
(トマス・ア・ケンピス )